続・探仏記 ~探仏の旅は続く~

仏像探しに鉄馬童子は今日もゆく・・・

2011年02月

一度で十分?運慶展

本来は嬉々としてブログを書くのだろうけど、何とも今日は空回りの連続で踏んだり蹴ったりの一日だった。3連休の最終日、しかも前2日と打って変わっての晴天。こんな日に探仏はご法度なれど、2月中は多忙かもしれない・・・・ということでついつい行ってしまった・・・「運慶」展。今日は折りたたみ自転車持参なので、金沢文庫駅からスイスイ・・・

・・・と行く筈だったが、自転車のワイヤーロックを忘れたことに気付く。とりあえず金沢文庫駅付近で自転車店を探す。運良く15分くらいで発見、無事にワイヤーロックを入手。改めて金沢文庫へ向かう・・・と、2~3分走り出したところで急に漕ぎが重くなった。後ろタイヤの空気が抜けてる・・・・携帯ポンプで空気を入れるもすぐ抜けてくる。15分ほど悪戦苦闘した末・・・パンクと判明face07。結局、自転車押しながら徒歩で行く羽目に・・・トホホ。楽する筈だったのに・・・・・・這う這うの体で何とか到着・・・・・という余計な一幕があり、ちょっと疲れ気味で入場。


金沢文庫

正面入口は静かだったけど、入ると中は人だらけ、裏は車だらけ・・・やっぱり混んでるね。

1F展示室は人で溢れかえってる・・・ちょっと大げさだが、いつもは閑静な場所なのでそう感じた。1Fはスルーして2F展示室へ。わんさか人がいますわ・・・200人以上いるかなぁ・・・仏像は全部で7体、どの像の前も人だかり。レイアウトは以下のようになっているが、大日如来3体が横並びしてるかと思いきや、別々なので少々肩透しを喰らった。

↓今朝の日曜美術館より(まだ真如苑像が来てない時の映像だけど)

一番見たかったシーンが無かったのはかなり残念。まぁ、円成寺・大日が別格だというのはわかるけどね。円成寺で拝観した時は像の周囲が極彩色だったので豪華絢爛な感じがしたが、単体だと割りとボヤッとしてて地味。過剰な照明演出は不要だと思うが、もう少し光の当て方は考えたほうがいいかも・・・しかし、今日は精神状態的にこういう見え方だったという事。

次の光得寺・大日は厨子に入っていて、髻の部分は良く見えない。こちらは東博で厨子から出ているところを既に見ているので、まぁいいか・・・。真如苑・大日とその隣の滝山寺・帝釈天は背面からも見れて一番良かったかもしれない。帝釈天は思ってたよりだいぶ小さかった。色は後付けと何かで読んだことがあるが、運慶らしい雰囲気を損なってはいないと思う。
↓ 大日トリオはこんな感じで見れると良かったなぁ・・・


浄楽寺の毘沙門天・不動明王のペアは1年振り、同じく昨年拝観した願成就院仏とどうしても比較してしまうが、やはり願成就院像のほうが好きかな。最後の大威徳明王はホントに極小。目を凝らしても細かいところは良くわからない。しかも右端のほうに展示してあり、向かって右側の顔が良く見えない。これは絶対配置ミス、カタログだって右斜めから写してるでしょうに。たまにしか公開しないのだからもう少し配慮ある展示にしてもらいたいなぁ。

まぁ、いろいろ書いたけど、これだけの仏像を一堂に集めて頂いただけでも感謝せねば。


さて、仏像以外のことも少し。展示スペースの最初にあるのが「東寺講堂御仏所被籠御舎利員数(称名寺聖教のうち)」。名称が長いよ・・・簡単に言えば東寺・講堂仏の修理の際の記録のようなもの。それには講堂諸仏の配置図があったのだが、曼荼羅を調査(?)している身としては見逃せない。如来・明王・天の配置についてはそのままだったが、菩薩については以下のように少し違った。

赤字の部分はハッキリ読み取れたが、グレーの部分はイマイチわからず。
・金剛利: 無量寿如来のグループ、オリジナルは同じ円輪内の金剛法。
・金剛牙: 不空成就如来のグループ、オリジナルは同じ円輪内の金剛業。
・金剛薩埵:「薩埵」に見えたけど・・・これはオリジナルのまま。
・金剛幢: 「幢」に見えたけど・・・宝生如来のグループ、オリジナルは同じ円輪内の金剛宝。


次回予告はコチラ ↓



今回は未見だった滝山寺・帝釈天と光明院・大威徳明王を拝観できた。
運慶展は2~3回行くつもりでいたが、今回で十分かな・・・と思った次第。

まぁ、混雑時の探仏は印象に残らないことが多いもんだ・・・だから今日じゃなかったんだって。

結局また行ったりして

3Dマンダラーズ(3)

しつこく曼荼羅ネタ。

金剛界曼荼羅の左上にある四印会(しいんえ)は、東寺3Dマンダラーズの五菩薩のエリアに近い配置で中尊が金剛波羅蜜多菩薩ではなく大日如来になっている。




実仏で配置すると、こんな感じだろうか。


図像と比べても、印相が同じようになっているのがわかる。
曼荼羅は眺めるたびにいろいろ発見があって面白い。

3Dマンダラーズ(2)

昨日の続き。

曼荼羅の全てを理解しないうちに書き出したので若干ボロが出ているが・・・(昨日の記事は早速訂正が発生)。WEB上のアチコチのページで確認した結果、新たにわかったことを追記。

①金剛波羅蜜多菩薩はどこに?
実は大日如来の真下に金剛波羅蜜菩薩という似た名称の方が・・・「多」が抜けてるんだけど、たぶんこの方のことでしょう(根拠なく断定!)・・・ということで発見。ついでに、成身会の一番外側にある外金剛部院の下方に帝釈天・梵天がいる。


②こんなところに五大明王?
明王系が現れるのは胎蔵曼荼羅のほうだけかと思ったら、成身会の隣に降三世会(ごうざんぜえ)という会があった。名前の通り、降三世明王がいる。成身会では金剛薩捶菩薩がいたところ。つまり金剛薩捶が降三世明王に姿を変えて現れたのだ。で、後の四明王はいずこに? 実は四隅に不動明王妃降三世明王妃軍荼利明王妃大威徳明王妃と明王の奥様たちはいたのだが、肝心の旦那衆は降三世明王のみだった。しかも金剛夜叉明王は奥さんも本人もいない。


ある解説に、「金剛薩捶が仏法に耳を傾けない大自在天・烏摩妃を仏教に帰依させるために金剛夜叉に姿を変え・・・」のようなものがあった。う~ん、ますますわからなくなったゾ。

とりあえず、如来・菩薩はここからピックアップされてるのがわかった。


・・・というところで今日はおしまい。
続く・・・ただし、また発見があったら

3Dマンダラーズ

「来年は楽しみ」と思ってたが、もう今年・・・しかも半年後にはやってくる・・・そう、東寺3Dマンダラーズ(勝手に命名)。かねてより「密教」とか「曼荼羅」とか怪しい響きに惹かれていたが、予習も兼ねて勉強してみようか・・・

そもそも、曼荼羅とは・・・あぁ、難しいことは専門書に任せるとして、自分の興味は東寺の立体曼荼羅があの両界曼荼羅のどの部分を表してるのか、という事に尽きる。

これが3Dマンダラーズ。ご存じリーダー・大日如来を中心に如来・菩薩・明王の3つのセクションと梵天・帝釈天コンビ、四天王カルテットの総勢21体。


両界曼荼羅は「金剛界曼荼羅」と「胎蔵(界)曼荼羅」の2つを指す。ちなみに金剛界というのはあるけど、胎蔵界というのはなくて単純に金剛界に合わせた呼び名のようだ。3Dマンダラーズ大日如来は智拳印を結んでいるので、この場合は金剛界の大日如来ということになる。(胎蔵曼荼羅では法界定印)

まずは金剛界曼荼羅。(上が西)
全部で9区画(各区画を「会(え)」と呼ぶ)あるが、いくつかを除いてどれも同じような構成で、どの会も中心は大日如来(またはそれに準じる器物、右上の会だけ中心が金剛薩捶)。中央の成身会(じょうしんえ)を見ると5つの小円があり、中央の小円に大日如来、四方の円の中心は四仏(東:阿閦→南:宝生→西:阿弥陀→北:不空成就)・・・これで五智如来が勢揃い。四仏の四方を十六菩薩が囲み、各々の東側には金剛薩捶(さった)→金剛宝金剛法金剛業の四菩薩。 face072/7訂正:「各々の東側~」でなく「大日寄りの隣~」、画像も差し替え


あれっ・・・金剛波羅蜜多菩薩がいない。どうやらこの方はここにはいないようだ。

続いて胎蔵曼荼羅。(上が東)
全部で12区画(各区画を「院」と呼ぶ)あるが、こちらは釈迦・観音・文殊・虚空蔵・地蔵など各院に主尊がいるタイプ。中台八葉院(中央の大日がいる院)の真下にある持明院(じみょういん)には明王が三尊(右から不動降三世→ひとつ飛ばして大威徳)。一番外の最外院(さいげいん)には東西南北それぞれ門があり、各門の脇に四天王、東門の左右に帝釈天梵天 (持国天の右)。


んんっ・・・軍荼利(ぐんだり)明王金剛夜叉明王が見当たらない。


・・・ということで捜索空しく、三尊の行方(由来)はわからず。想像なのだが、空海の発想で加えられたのかな、と。十六菩薩を束ねる役を追加して五智如来に対する五菩薩を創出。そして同様に三尊だった明王に二尊を加えて五大明王とした・・・とか。

今ひとつしっくりこないのが、持明院(またの名を五大院)には般若菩薩を中心に四明王(不動、降三世、大威徳、勝三世)いるのに、なぜ勝三世明王は外されたのかという事。「勝三世明王」をWikipediaで調べると・・・何と勝三世・降三世は阿修羅の兄弟であるシュンバ・ニシュンバが起源とか・・・二尊は三面八臂で阿修羅より二本腕が多いけど本当かいな?興味深い話ではある・・・結局空海は勝三世と降三世を同体と見なしたように思われる。

何とも中途半端な分析だが、両界曼荼羅についてほんの少し理解ができ、マンダラーズ・メンバーの居場所もわかったので、次に曼荼羅図を見た時はかなり楽しめそうだ。


ところで、五大明王のうちの金剛夜叉明王は、天台宗では烏枢沙摩(うすさま)明王に代わるのだが、この明王さんは例の「トイレの神様」ということで今注目を浴びている・・・
らしい・・・本当かな?・・・あのおばあちゃんは烏枢沙摩のこと話してた?・・・