続・探仏記 ~探仏の旅は続く~

仏像探しに鉄馬童子は今日もゆく・・・

調査・分析

快慶…三尺阿弥陀の貌

8月27日から東博で『運慶・快慶周辺とその後の彫刻』と題した特集陳列が実施される。毎年恒例の運慶・慶派系陳列なのだが、今回のポイントは『快慶』とあること。

恒例の展示仏として……

・真如苑 大日如来(運慶)
・光得寺 大日如来(運慶)
・願生寺 阿弥陀如来(慶派)
・浄瑠璃寺伝来 十二神将(慶派・運慶説あり)
・曹源寺 十二神将(慶派)
・内山永久寺伝来 四天王眷属(康円)
……あたりが挙げられる。

今回、快慶またはその系統の仏像として考えられるのが……
・東京芸大 大日如来(快慶) ※ご近所にあるので…(貸してくれないか)
・真教寺 阿弥陀如来(快慶) ※関東圏にあるので…
・地蔵院 勢至菩薩・観音菩薩(快慶系統) ※関東圏にあるので…(奈良博にも出てたし)
・東博 阿弥陀如来(C-1860?) ※快慶系統だったような…
……あたりだろうか?

東大寺・阿弥陀如来とか、まさかのボストン美術館・弥勒菩薩なんて出展されたら最高(ありえないけど)。いずれにしても快慶といえば三尺阿弥陀なのでなにがしか出展されることを期待したい。


快慶の阿弥陀仏といえば、個人的なベスト3は以下の3躯。
東大寺 光台院 遣迎院(未見)

この3躯は保存状態もよく、快慶作の中でも美仏。実は3躯とも似たように思っていたのだが、作れられた時期、大きさや貌(かおつき)が結構違っている。

(左より遣迎院像、東大寺像、光台院像) 

東大寺像を基準とすると、遣迎院像は初期作で顔が四角く伏目がち。一方の光台院像は後期作で東大寺像に似ているが、もう少しふくよかな感じでおちょぼ口っぽい。像高は光台院像が少し小さ目。3躯以外も並べてみると、結構違った貌をしている。



今後の三尺阿弥陀を拝観する機会があれば、どれに近いか確認してみよう。
まずは東博の展示に期待。

運慶・大日如来はどんな顔

仏像好きにはお馴染み(?)の運慶・作 大日如来。



見慣れた顔立ちだが、部分的に金箔が残り、それが模様のようになっててその印象が強い。

では、金箔が取れたらどんな感じなのか・・・・・ついでに宝冠も取ってみたら・・・・・・



髻は真如苑像より拝借・・・・・・あまりうまく色変換できなかったが。

少し冴えないというか印象が薄くなった感じがする。

では、元々はどんな感じなのか・・・・・文化庁所蔵の摸刻を見ると・・・・・・



これまた随分現在とは印象が異なる・・・・益々どういう顔立ちかわかならなくなった。

まぁ、3つ見比べると今の状態がやっぱり一番。また円成寺に行きたくなってきた。


ちなみに、「近江路の神と仏 名宝展」で拝観した快慶・大日如来の宝冠有無を比較すると・・・・



こちらは宝冠やら瓔珞やら無いほうがいいかもしれない。


最初に見た印象って強く残るものだなぁ、と。

十二神将 ベスト10

備忘録として・・・・これまで拝観した『十二神将』をベスト10形式で記す。


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10位 東大寺 《平安時代/木造/奈良/重文》
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奈良国立博物館でフルラインナップで拝観。動きがやや硬い。同じ東大寺の青面金剛とは作風が似通っている。


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9位 東寺 《桃山時代/木造/京都/重文》
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正確に言うと堂内では見てない、というかあまりよく見えなかった。東寺で買った仏本で全貌を知る。裏の1躯は絶対に見れないと思うけど、一応他の11躯は見える位置に配置してある。


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8位 旧・辻薬師堂 《鎌倉時代/木造/神奈川/-》
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現・鎌倉国宝館所蔵で確か一昨年に補修が完了したばかり。戌神が洋風な顔立ちで髪型も特徴的。子神の玉眼がギョロリとしてたのを覚えている。


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7位 秋篠寺 《鎌倉時代/木造/奈良/-》
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左右の雛壇(3段)に並んでいて後ろのほうはよく見えないのだが、小人が薬師三尊を守護しているようで、どことなくユーモラスな集団に見えて微笑ましい。


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6位 曹源寺 《鎌倉時代/木造/神奈川/重文》
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鎌倉国宝館や東博でフルラインアップを拝観、曹源寺で拝観できるかは不明。慶派の特徴をよく表すが、特に巳神は運慶・作の願成就院・毘沙門天とも雰囲気が似通っていて素晴らしい。


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5位 室生寺 《鎌倉時代/木造/奈良/重文》
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通常2躯は奈良博に寄託されてるため、寺内では10躯しか拝観していない。こちらも秋篠寺仏のようにどこかユーモラスな雰囲気を醸し出している。


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4位 新薬師寺 《奈良時代/塑造/奈良/国宝》
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十二神将といえば新薬師寺。これぞ一番有名な十二神将(4位だけど)。東大寺・戒壇堂と同様にほぼ等身大の塑像は迫力満点。伐折羅の立ち姿はいつ見てもカッコイイ。


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3位 旧・浄瑠璃寺 《鎌倉時代/木造/東京/重文》
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東京国立博物館に5躯、静嘉堂文庫博物館に7躯。まだ東博の5躯しか拝観したことがない・・・実仏12躯が一堂に揃ったらさぞかし凄いだろうなぁ・・・といつも夢見てる。


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2位 広隆寺 《平安時代/木造/京都/国宝》
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長勢・作。作者が判明しているのは珍しい。平安仏らしく動きは少ないが、これまで見た中では一番洗練されている。広隆寺は沢山仏像があり1躯ずつきちんと見たとは言いがたく。


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1位 興福寺 《鎌倉時代/木造/奈良/国宝》
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これぞ慶派の十二神将!東金堂の中では一部が文殊菩薩・維摩居士の後ろで見えなかったりする。以前、堂内一周できる機会がありすべてをじっくり見て改めて凄いと感じた。




以下、圏外。

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宝城坊(日向薬師) 《鎌倉時代/木造/神奈川/重文》
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上段は重文、下段は不明。今まで見た中でもっとも動きがぎこちない。



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旧・太寧寺 《鎌倉時代/木造/奈良/-》
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現・奈良国立博物館所蔵。三~四等身にデフォルメされてる。


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興福寺 《平安時代/板彫/奈良/国宝》
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興福寺のもう一組の十二神将。国宝館に入ると右側の壁に並んでいる。



上記以外にも覚園寺仏/影向寺仏などはフルで拝観してる。
まだ見ぬ十二神将の中にもきっと凄いのがあるんだろうなぁ・・・今後に期待。


何で急に十二神将のネタになったのか・・・・・

四天王大集合

昨日の話題からの派生で・・・・
毘沙門天(多聞天)を見比べてみたが、それぞれに個性があって面白い。では他は・・・・?
見てみましょ! ※名称など出典はWikipediaより。

持国天(じこくてん)、東方天、ドリタラーシュトラ (『国を支える者』の意)。特徴はズバリ、片手に剣。四神の中では最も忿怒の相で、威嚇度が高い。


増長天(ぞうじょうてん)、南方天、毘楼勒叉(びるろくしゃ)、ヴィルーダカ(『成長、増大した者』の意)。片手に戟、もう片方は腰に。持国天と共にフロントで睨みをきかせる。


広目天(こうもくてん)、西方天、毘楼博叉(びるばくしゃ)、ヴィルーパークシャ(『種々の眼をした者』の意)。天平時代まではお馴染みの筆と経巻・・・その後は戟や羂索を持つスタイルも。


多聞天(たもんてん)、北方天、毘沙門天(びしゃもんてん)、ヴァイシュラヴァナ(『よく聞く所の者』の意)。お決まりの宝塔と戟(または宝棒)。四神のリーダー的存在。



昨年、鎌倉国宝館で十二神将展があったけど、今度は四天王展も是非。

どなた?

以前に仏像検定の景品としてもらった毘沙門天の手拭い。もらった時にどこの毘沙門天か確認しようとしてすっかり忘れてた。先日、放置してた手拭いを見て思い出したので調べてみる・・・・

頭は髻、右手に宝塔(手の位置は中ほど)、左手に戟(手の位置は下)、鎧は胸甲が◎模様で獅噛は無し、腰を右に少しひねり、邪鬼を踏む(顔は右向き、うつ伏せ)・・・・といった特徴。

さて、探してみよう!

候補1~12は『毘沙門天』、13~24は『多聞天』(四天王のうち)と呼ばれる面々。



4は両手の位置・持物が一致するが、頭に宝冠、邪鬼無しであと一歩。13は雰囲気が近いものの、持ち方が左右逆で持物も宝棒、宝冠あり・腰には獅噛と詳細は結構違う。15あたりは更に近くて持ち方はほぼ同じなのだが、頭には兜・邪鬼が左向きで仰向け。パッと見た感じでは19が一番近い・・・・が邪鬼がいない。なかなか、ありそうでなさそうな・・・・それよりも毘沙門天(多聞天)が意外と多様ということがわかる・・・・皆同じだと思ってたけど。

そして・・・・一番近いのが23。顔の角度が若干斜に構えてて異なるが、手の位置・持物、胸甲の◎、邪鬼の向きなどほぼ全てクリア・・・・ということであなたが手拭いのモデルということで(勝手に)決定。ちなみにこの方、何でも東大寺・大仏殿の四天王のモデルになったとか・・・・個人的に好きなのは1112あたり。まだ見たことがない1316あたりも気になる。こんな感じで一堂に並んでたらさぞかし壮観だろうなぁ・・・・毘沙門天展とか多聞天展とかでね、言いづらいけど。以上、妄想終了。

しかし、この手拭いはどうしたものか・・・・

離れ離れの仲間たち

先月、奈良博・なら仏像館を訪れた際に、一番最初に目に飛び込んできたのが旧・興福寺の広目天・多聞天。多聞天は奈良博の所蔵で、広目天は興福寺所蔵ながら奈良博に寄託されてるみたい。持国天・増長天はどこにいるんだろうと思い調べたところ、増長天は同じく奈良博が所蔵、持国天はMOA美術館が所蔵。この一具の四天王については元々どの堂宇に置かれていたかは定かでないようだ。この中では欠損があるものの広目天が秀逸。兜に羽根のようなものがついていて斬新、他に比べてバランス良く落ち着いた容姿が素晴らしい。

◆興福寺・四天王


・・・ということで、以前も似たような記事を既に書いてるが新ネタも交えて他の離散した仲間たちを集めてみた。この中で一組でも本当に一堂に会してくれたら嬉しいんだけど・・・・・

◆高山寺・薬師三尊

東博で日光菩薩を見た時に旧高山寺仏であることがわかって調べてみたら相棒は東京芸大にいた・・・・があまりにもショッキングな姿にビックリ。ちょっと修復は難しいかも。堂々たる中尊・薬師如来も是非拝観したい。

◆浄瑠璃寺・四天王

こちらの四天王は全て国宝。所蔵は浄瑠璃寺だがご存じのとおり本堂(九体阿弥陀堂)には入口付近に持国天・増長天の二天が配置されているのみ。残り2体は京博・東博に離散中。そのうちお里帰りを実現してもらいたい。

◆旧内山永久寺・四天王眷属

既に寺ごとなくなってる旧・内山永久寺の真言堂にあったとされる四天王眷属の一具。作者は運慶の孫・康円。3か所に離散している。南方天眷属は何だかリズム感良さそう。

◆浄瑠璃寺・薬師如来および十二神将

何といっても一番期待しているのが、旧・浄瑠璃寺伝来の十二神将が一堂に揃うところ。そもそもまだ東博の5体しか拝観したことがない。何とかあと7体の実仏拝観できないか・・・・4体は画像では見ることができたが、残りの3体はいろいろ文献やネットで探してみても見当たらず。静嘉堂文庫さん、拝観の機会を是非作って!浄瑠璃寺の三重塔に薬師如来を中心に12体が勢揃いしたらさぞかし壮観だろう・・・ちょっと狭いかもね。(追記:画像発見したので差し替え)

◆室生寺・金堂五仏

室生寺・金堂の仏群は素晴らしいが、実はオリジナルメンバーは今と違って右端の地蔵菩薩が現・安産寺の地蔵さんだったようだ。確かに容姿も中尊の伝釈迦如来と似通っていてまったく違和感がない・・・むしろシックリくる。

3Dマンダラーズ(3)

しつこく曼荼羅ネタ。

金剛界曼荼羅の左上にある四印会(しいんえ)は、東寺3Dマンダラーズの五菩薩のエリアに近い配置で中尊が金剛波羅蜜多菩薩ではなく大日如来になっている。




実仏で配置すると、こんな感じだろうか。


図像と比べても、印相が同じようになっているのがわかる。
曼荼羅は眺めるたびにいろいろ発見があって面白い。

3Dマンダラーズ(2)

昨日の続き。

曼荼羅の全てを理解しないうちに書き出したので若干ボロが出ているが・・・(昨日の記事は早速訂正が発生)。WEB上のアチコチのページで確認した結果、新たにわかったことを追記。

①金剛波羅蜜多菩薩はどこに?
実は大日如来の真下に金剛波羅蜜菩薩という似た名称の方が・・・「多」が抜けてるんだけど、たぶんこの方のことでしょう(根拠なく断定!)・・・ということで発見。ついでに、成身会の一番外側にある外金剛部院の下方に帝釈天・梵天がいる。


②こんなところに五大明王?
明王系が現れるのは胎蔵曼荼羅のほうだけかと思ったら、成身会の隣に降三世会(ごうざんぜえ)という会があった。名前の通り、降三世明王がいる。成身会では金剛薩捶菩薩がいたところ。つまり金剛薩捶が降三世明王に姿を変えて現れたのだ。で、後の四明王はいずこに? 実は四隅に不動明王妃降三世明王妃軍荼利明王妃大威徳明王妃と明王の奥様たちはいたのだが、肝心の旦那衆は降三世明王のみだった。しかも金剛夜叉明王は奥さんも本人もいない。


ある解説に、「金剛薩捶が仏法に耳を傾けない大自在天・烏摩妃を仏教に帰依させるために金剛夜叉に姿を変え・・・」のようなものがあった。う~ん、ますますわからなくなったゾ。

とりあえず、如来・菩薩はここからピックアップされてるのがわかった。


・・・というところで今日はおしまい。
続く・・・ただし、また発見があったら

3Dマンダラーズ

「来年は楽しみ」と思ってたが、もう今年・・・しかも半年後にはやってくる・・・そう、東寺3Dマンダラーズ(勝手に命名)。かねてより「密教」とか「曼荼羅」とか怪しい響きに惹かれていたが、予習も兼ねて勉強してみようか・・・

そもそも、曼荼羅とは・・・あぁ、難しいことは専門書に任せるとして、自分の興味は東寺の立体曼荼羅があの両界曼荼羅のどの部分を表してるのか、という事に尽きる。

これが3Dマンダラーズ。ご存じリーダー・大日如来を中心に如来・菩薩・明王の3つのセクションと梵天・帝釈天コンビ、四天王カルテットの総勢21体。


両界曼荼羅は「金剛界曼荼羅」と「胎蔵(界)曼荼羅」の2つを指す。ちなみに金剛界というのはあるけど、胎蔵界というのはなくて単純に金剛界に合わせた呼び名のようだ。3Dマンダラーズ大日如来は智拳印を結んでいるので、この場合は金剛界の大日如来ということになる。(胎蔵曼荼羅では法界定印)

まずは金剛界曼荼羅。(上が西)
全部で9区画(各区画を「会(え)」と呼ぶ)あるが、いくつかを除いてどれも同じような構成で、どの会も中心は大日如来(またはそれに準じる器物、右上の会だけ中心が金剛薩捶)。中央の成身会(じょうしんえ)を見ると5つの小円があり、中央の小円に大日如来、四方の円の中心は四仏(東:阿閦→南:宝生→西:阿弥陀→北:不空成就)・・・これで五智如来が勢揃い。四仏の四方を十六菩薩が囲み、各々の東側には金剛薩捶(さった)→金剛宝金剛法金剛業の四菩薩。 face072/7訂正:「各々の東側~」でなく「大日寄りの隣~」、画像も差し替え


あれっ・・・金剛波羅蜜多菩薩がいない。どうやらこの方はここにはいないようだ。

続いて胎蔵曼荼羅。(上が東)
全部で12区画(各区画を「院」と呼ぶ)あるが、こちらは釈迦・観音・文殊・虚空蔵・地蔵など各院に主尊がいるタイプ。中台八葉院(中央の大日がいる院)の真下にある持明院(じみょういん)には明王が三尊(右から不動降三世→ひとつ飛ばして大威徳)。一番外の最外院(さいげいん)には東西南北それぞれ門があり、各門の脇に四天王、東門の左右に帝釈天梵天 (持国天の右)。


んんっ・・・軍荼利(ぐんだり)明王金剛夜叉明王が見当たらない。


・・・ということで捜索空しく、三尊の行方(由来)はわからず。想像なのだが、空海の発想で加えられたのかな、と。十六菩薩を束ねる役を追加して五智如来に対する五菩薩を創出。そして同様に三尊だった明王に二尊を加えて五大明王とした・・・とか。

今ひとつしっくりこないのが、持明院(またの名を五大院)には般若菩薩を中心に四明王(不動、降三世、大威徳、勝三世)いるのに、なぜ勝三世明王は外されたのかという事。「勝三世明王」をWikipediaで調べると・・・何と勝三世・降三世は阿修羅の兄弟であるシュンバ・ニシュンバが起源とか・・・二尊は三面八臂で阿修羅より二本腕が多いけど本当かいな?興味深い話ではある・・・結局空海は勝三世と降三世を同体と見なしたように思われる。

何とも中途半端な分析だが、両界曼荼羅についてほんの少し理解ができ、マンダラーズ・メンバーの居場所もわかったので、次に曼荼羅図を見た時はかなり楽しめそうだ。


ところで、五大明王のうちの金剛夜叉明王は、天台宗では烏枢沙摩(うすさま)明王に代わるのだが、この明王さんは例の「トイレの神様」ということで今注目を浴びている・・・
らしい・・・本当かな?・・・あのおばあちゃんは烏枢沙摩のこと話してた?・・・

運慶の父と息子と孫

快慶の本を探してるがなかなか見つからない。たぶん無い、のだろう。
できれば快慶仏全載せした、こんな本が出版されることを切に願う→→
※勿論、実在しない。あくまでも個人的な妄想なんで・・・あしからず。

再度快慶仏を確認するため東博の東大寺大仏展に行こうと思ってたのだが先週は行くことができず・・・もう終わってしまったしね。しかも年内の東博は平常展示でも11室(=仏像関連)あたりは閉室されてるらしく。
また来年ですかね。

・・・という悶々とした状態。快慶は一旦置いといて、運慶を中心に慶派仏師を確認してみる。


まずは運慶の父・康慶。 ※出典は相変わらずWikipediaとネット情報。



意外と少ない・・・判明してるのはこれだけ、らしい・・・興福寺仏中心に12体

殆ど通常公開されない仏ばかり。瑞林寺仏の公開はいつだろう?調べとこ。


続いて運慶の長子・湛慶



アレッ?こちらも少ない・・・千手観音は中尊以外はノーカウントで6体

有名(?)な割にはちょっとさみしい。実際には東大寺・仁王や興福寺仏の造像にも関わってるらしいんだけど、主体的な現存仏は少ないみたい・・・拝観の機会はあまりないかも。


更に運慶の孫・康円。(運慶の次男・康運の子)


千手観音はノーカウントでも充実の22体

殆ど拝観済み。旧興福寺蔵・文殊五尊と旧内山永久寺蔵・不動&八大童子の2組の仏群が現存、これは奇跡的。個人的には神護寺・愛染明王がお気に入り。康円仏は「動きが少ない」「誇張が目立つ」「説明的描写」など辛口に語られることが多いが、そもそも運慶・快慶仏に比較対象を求めるのは無理があるだろう。運慶の孫という肩書きがなければもっと評価されたかも。

結局、康円仏以外はあまり拝観できなそう・・・ちょっと残念。


さて、そろそろ悶々とした妄想ワールドから抜け出さないといけない。
12月は探仏に行けてないので、最後の締めくくりでどこかへ繰り出そう、と。