続・探仏記 ~探仏の旅は続く~

仏像探しに鉄馬童子は今日もゆく・・・

探仏

0泊3日の奈良探仏


深夜バスで早朝奈良に到着。
1日中これだけまわってこれから帰路へ。
只今帰りのバス待ち中。
疲れた~

五百羅漢

知人が入院したので見舞いに小田原へ。
その帰りに近くにあるここへ寄ってみた。

玉宝寺(五百羅漢)

出かける前にあることだけ調べて行ったので、どんな所なのかは知らなかったが、名前の通り羅漢像がたくさんあるんだろうと・・・・・

中に入ると・・・・・わぁ・・・・・結構人がいっぱい(そっち?)。ツアーなのか、堂内に動く羅漢(失礼、年配の方)が14~5名いて、しかも写真をバシバシ撮ってる(皆、一眼レフ!)。撮影できるなどと期待してなかったので、こちらはカメラを持参せず、しかたなくスマホで。しかし、撮影禁止とは書いてなかったが、あんなにフラッシュ撮影して大丈夫なのかと心配になる。

配置としては中央に五尊(阿弥陀三尊と二僧)、両脇は"П"の形の雛壇にズラ~~っと羅漢さん達。羅漢ズの上には大日如来、千手観音、地蔵菩薩なども(暗くてよくわからず)。

三十三間堂の整然とした感じはなく、大きさも作風も色彩もそれそれ異なり、まるで「オールスター感謝祭」(TBS)の回答者たちのようにも見えてくる。

近くにいたオバサン達が「知ってる人の顔あった?」みたいな会話をしてる・・・・たくさんいるとそういうことになるのね、どこでも。

気になる仏像があったか、と言われるとそもそも覚えてる仏像がまったく無いのだが、堂内の雰囲気がとてもよく羅漢さんたちのポーズや顔を眺めて回るだけでも面白い。

小さい多宝塔もあったがピンボケだったので画像は無し。地元・神奈川にもまだこういう知らないところはきっとたくさんあるんだろうな、と思いつつ帰路につく。ちなみに最寄駅は・・・・

そのまんまだけど、いいなぁ・・・・こういう駅名。


※帰宅後に調べたら、羅漢像は526体あるとのこと。

東博オールスターズ

先週の鎌倉は雨だったが、今日は晴れてよかった。

東京国立博物館
11室 140周年特集陳列 館蔵仏像名品選



今回の展示は館蔵仏特集ということで・・・・全て撮影可能!
こんなの初めてやぁ~~~(節度はわきまえてネ、節度は・・・・)

《レイアウト》



取りあえず全部撮影してみた。



その場ではうまく撮れたつもりだったが、相変わらずピンぼけ多数でガッカリ。
しかし、100枚くらいは撮ったかもしれない・・・・(節度はどうした?)



どれも一度は拝観しているが、今日のところはこの5躯が良かった!


愛染明王は技術的な完成度もさることながら、色も模様も装飾品も厨子も完璧なまでに残っていて、ほぼ往時のままの状態であることが凄い。入口付近の菩薩立像も同様だが、今回は愛染明王のほうがグッときた。


そして帰宅してからトーハク仏像選手権に「愛染明王」を投票。今のところ、2位につけてる。


ちなみに1室は西大寺・釈迦如来、薬師寺・聖観音レプリカ、3室は本證寺(愛知)・聖徳太子がそれぞれ展示してあった・・・・が11室のインパクトが強すぎて、もうサラッと見て終了。




大満足で東博を後にし、帰り際は東博帰りの3回に1回くらいは立ち寄るココへ。

両大師


入ってすぐ右側にある阿弥陀堂の「ふぞろいの三尊」(勝手にこう呼んでる)



いつもは閑散としてるのだが、今日はお参りに来ている人が10名以上いただろうか、少し賑わってた。本堂の扉も開いていて、少し中まで入ることができた。中央の厨子は閉まっていたが、その前に如意輪観音(たぶん)、両脇は不動三尊(左右で2組)。

重文の黒門はまだ工事中、でも覆いは取れてたのであと少しで完了か・・・・・


久々に充実した探仏デーだったな。

雨の鎌倉探仏

久々の更新。

雨の中、鎌倉へ。雨でも駅前から小町通りにかけて人でいっぱい。人ごみを避けて、参道へ。こちらは閑散としてるが、鶴岡八幡宮に着くとまた人が沢山・・・・・

太鼓橋を右側にそれて向かった先は・・・・・

鎌倉国宝館
古都鎌倉と武家文化

レイアウトは以下の通り <クリックで拡大>

今回注目したのは以下の仏像。

■瑞林寺・地蔵菩薩:今回の目玉。めったに拝観のチャンスがないのでラッキー。端正な顔立ち、バランスの取れた体躯、さすが康慶。
■養命寺・薬師如来:康慶地蔵の隣も慶派っぽい雰囲気の薬師、堂々たる体躯。神奈川にもまだまだレベルが高い仏像があるなぁ、と。
■浄光明寺・勢至菩薩:「法然と親鸞」展で三尊形式で拝観しているが、単尊だと全然違って見える。胸から腰にかけて衣文がヨレヨレに波打ってて特徴的、前回は気付かず。
■曹源寺・十二神将の巳神:願成就院・毘沙門天に通じる作風で小ぶりながら存在感あり。
■清雲寺・毘沙門天:これまた小ぶりながら慶派と思われる優品。大きめの兜と右手の短い戟が若干不釣り合いだが、解説の横に兜を外した写真があり、それを見る限りはなかなか良い顔立ち。鎧は隣の巳神に負けないくらいいい仕事ぶり。
■円応寺・初江王:言わずもがな鎌倉の誇る名仏。
■建長寺・宝冠釈迦如来:衣が台座の下まで長々と垂れている。
■常楽寺・観音菩薩:肥後定慶作の可能性がある、と。そうかなぁ・・・・あえて「らしさ」を見つけるとすれば両脇侍の宋風の襞が鞍馬寺・聖観音に似てる気もする。
■覚園寺・十二神将の戌神:動きは若干固いが独特の風貌が特徴。
■證菩提寺・阿弥陀如来:鎌倉仏の中にあって唯一平安仏っぱいおだやかな顔立ち。
■光明院・大威徳明王: 「運慶」展ではコーナーに展示してあって右面が良く見えなかったが、今回は右からも後ろからも見えて◎。ただ運慶作と言われても今ひとつピンとこない。
■佛法紹隆寺・不動明王:小さすぎてあまりよくわからなかったが、慶派と言われればそう見えなくもない。

その他として僧像が3躯並んでいたのだが・・・・寿福寺・明庵栄西→頭四角!、極楽寺・良観房忍性→鼻デカ!、瑞泉寺・夢窓疎石→衣を長々と垂らす・・・・とそれぞれ個性があって面白い。特に栄西は前にも拝観してるはずだが、改めてあの「お顔」が頭にインプットされた。

入った時がちょうど列品解説の最中で、殆どの人が奥側に移動していたため、15分ほどはほぼ独占拝観できて非常によかった。全体的にはちょっと地味な内容だったかなぁ・・・・

帰りは参道、小町通りを離れて西側の道を移動。人は少なくていいが、そのかわり車が多い。途中に寿福寺があったので寄ってみたが、中には入れないようだった。鎌倉の寺院にはそうやすやすとは入れてもらえないのだ。(入口がわからなかっただけかも)


この後、上野まで移動して東博に行こうと思ったが、雨も強くなってきたので断念。

夏の風仏詩、今年の主役は康円!

昨日の続き。三井記念美術館の後は前回と同様にこちらへ


東京国立博物館




◆11室

<クリックで拡大>


帰宅後、撮ってきた画像を見てビックリ・・・・・殆どがピンボケ・・・・ありゃりゃ。ということで小さくして誤魔化す。入ってすぐの半跏の①菩薩は横からのアングルもなかなか。国宝の⑦広目天(浄瑠璃寺)はいつ見ても素晴らしい、この中では一番の存在感。反対側の⑪不動明王は動きがかたい。他に画像にはないが涼しげな⑧十一面観音(薬師寺)が印象的。入口付近にあった十一面・天王・釈迦・不動はあまり覚えてない。

メインは定朝様の⑫阿弥陀如来、取り巻きの⑬四天王。阿弥陀は地味な印象ながら穏やかな顔立ちで癒し系。一方の四天王は画像ではまったくわからないと思うが、動きが生き生きとしたリアル仏、文化庁所蔵ということだが、まだまだ未公開仏のストックがありそうだ。



◆14室 運慶周辺と康円の仏像

<クリックで拡大>


東博・夏の風仏詩である慶派祭(勝手に命名)。レギュラーの①②大日如来×2躯(運慶・作)は、快慶・大日如来を見てきた後だったが、大きさが異なるのであまり比較する感じではなく、こちらはこちらで個性的。④十二神将は全部揃ってないので今ひとつだった・・・・今回展示がなかった旧・浄瑠璃寺の十二神将は単躯でもそれなりに見応えがあるのだけども・・・・。そして①~④の5躯以外は全て康円・作!⑥愛染明王は均整が取れてるが運慶・湛慶の力動感なし、と説明文で叩かれてる・・・・そんなに辛口批評しなくても、といつも思ってしまう。まぁ、運慶の孫であることの宿命か・・・・頑張れ、康円!と言ってもこれ以上は頑張りようはないが。

⑦~⑪文殊五尊は、文殊菩薩と従者で別々になってて、文殊も獅子から降りてたがこの展示方法で見るのは初めて。文殊の光背も今回初めて目の前で見ることができ、下部の左右に迦陵頻伽(かりょうびんが)が舞ってて優雅な雰囲気、上部には五つの梵字が配置されてて中央が文殊の梵字である「マン」だったので恐らく五尊を表してるものと想像。文殊の髪型は五髻になっていて、それぞれの髻に如来が乗っかってるのことに初めて気づいた(今更)・・・・いつも髪先が尖ってるなぁとは思っていたのだが・・・・・五髻は五智五仏を表してる、との事。

運慶仏×2躯、康円仏×8躯が一堂に・・・・贅沢な空間、是非来年以降も続けてほしい。
(この展示は17日まで)


◆1室/3室/T1室
その他の部屋にもいくつか・・・・1室の薬師如来は平安仏。3室の地蔵菩薩(浄瑠璃寺)はなかなかのイケメン地蔵、浄瑠璃寺には九体阿弥陀堂にも地蔵菩薩がいるがあちらは《子安地蔵》で、こちらは《延命地蔵》。特別1室は『秋の特別公開 贈られた名品』と銘打って寄贈品を展示。阿弥陀如来は鎌倉時代の永仙という仏師の作、三尺阿弥陀だが慶派とは違った趣き。



総合文化展(平常展)でもこれだけ見れれば大満足。康円は残存する仏像が多いものの小ぶりな作品が殆どで動きがまとまり過ぎてるという理由で今ひとつ評価が高くない。できれば<世田谷観音・不動明王および八大童子も合わせて展示してもらえればその実力のほどがわかろうというもの。運慶の父・康慶の興福寺・不空羂索観音坐像、運慶の息子・湛慶の三十三間堂・千手観音坐像のような大作があれば、運慶の孫・康円としてもう少し評価されるかも。

東京初!近江路の神と仏展

奈良国立博物館の『頼朝と重源』展では展示替えにより快慶・作の大日如来(石山寺)が不在でガッカリ。しかし運良く東京にやってきてくれたので、早速行ってみた。

三井記念美術館
琵琶湖をめぐる 近江路の神と仏 名宝展
東京(巡回しません)ってポスターに書いてある。この美術館に来たのは約2年ぶり、『奈良の古寺と仏像展~會津八一のうたにのせて~』展以来。地下鉄銀座線・三越前駅と直結してるので電車から降りて上に行けばすぐ美術館という便利なところ(前回は東京駅からだいぶ歩いたような記憶が・・・) 入館して最初のエリアは金銅仏や仏具など・・・・一気にターゲットである展示室4まで進んで仏ゾーンへ。
まず入って右側、①如意輪観音からスタート。③阿弥陀如来の解説で造像時期について「藤末鎌初」とある・・・・藤原末期~鎌倉初期ということだと思うが、この言い方は初めて目にした・・・・で肝心の阿弥陀仏はあまり記憶なし。


<クリックで拡大>
千手観音あたりから近江っぽい感じに・・・・地方仏特有の泥臭さは無いが、京仏・奈良仏に比べて質素というか・・・・表現が難しいが書籍で近江仏を見てきたイメージがあるので、それにマッチしてきたような・・・・続いて近江と言えば「白洲正子」、白洲正子と言えば「十一面観音」、ということで十一面観音が4躯並ぶ。中でも⑦飯道寺仏は大きな特徴はないものの均整が取れてて一番よかった。隣の⑧円満寺仏は頭上面の彫りが荒く数珠つなぎになってる感じ。⑨櫟野寺仏は頭上面が欠失。

後半は不動明王が2躯、十九観の⑬不動(延暦寺)、大師様の⑭不動(園城寺)。この辺りから今日のメイン仏へ・・・・・まずは⑮地蔵菩薩は快慶の弟子である栄快・作、クールな表情のイケメン地蔵だった。続いて楽しみにしていた2躯、⑯薬師如来(西教寺)は『日本の美術~京都の鎌倉時代彫刻』の表紙になっていたので気になっていた。量感はあるが、目がキリッとしいて精悍な感じがする。薬壺を胸前に掲げるのは獅子窟寺の薬師と似ている。元々は宝珠を持っていたらしいが、そうなると益々同じ。そして快慶・作の⑰大日如来(石山寺)。阿弥陀仏以外の快慶の如来像は初めて。快慶の初期仏とのことだが、そうなると運慶の初期仏である円成寺・大日如来ともどうしても比べたくなってしまう。並べてみると・・・・・

・・・・体躯の幅や衣文線、印を結ぶ位置、髻の高さなどほぼ同じ仕様に思える。どちらがいい悪いはないが、並べると運慶仏のほうが存在感は感じるかも。ただ、この展示の中では快慶の大日如来の存在感がピカイチなのは間違いなし!隣の西教寺・薬師の衣文線もどことなく快慶・大日のものに似通っており、顔付きや体躯からして書いてはいないがこれは慶派・作。この2躯だけでも来た甲斐あり。

最後に本地仏として4躯の如来・菩薩が並んでいたが、どれも眼がはれぼったい感じ。作風はほぼ同じでオリジナルは12躯あったようだが、現在は9躯あるとのこと・・・・9躯並んでたら圧巻なのではないかと・・・・千手の各手の丁寧な作りと頭上面の細かい彫りは見るべきものがあり、隣の十一面観音は逆にやや雑な感じがした。

3周ほどグルグル回って退館。またひとつ快慶仏を見ることが叶って良かった。階下では写真パネル展(無料)が開催されており、十二神将の写真が目にとまった。近江・・・・侮りがたし。


続いて、前回同様に東博へ・・・・・

関西旅行(3日目): ③大阪・道明寺 〔完〕

いよいよ旅の終盤、新大阪に行く前に少し寄り道。


道明寺
「道明寺」といえば和菓子?原料となってる道明寺粉はこちらが発祥とか。

毎月18日・25日は国宝・十一面観音の御開帳。18日に大阪にいるんだから行かない手はないと思い寄ってみた。道明寺駅から徒歩10分弱だが、高野山と違って蒸し暑くて閉口。

拝観料を払って本堂に上がると既に尼さんの説明が始まってた(ここは尼寺)。一通り説明が終わると拝観タイム。前のほうに進んで間近で拝観可能。薄暗いのでわかりづらいが、小ぶりながら端正な顔立ち、少しポッチャリ体型。正直なところあまりインパクトはなかったが、洗練された良仏という印象。

国宝の十一面観音は全7躯あるが、これまで室生寺・聖林寺・法華寺の3駆を拝観しているので、これで4駆目(他は観音寺・向源寺・六波羅蜜寺)。堂内の後方には他に釈迦三尊・勢至菩薩・太子像・別の十一面観音・大黒天など様々な仏像がおかれていたが・・・・・実はあまり覚えていない。

しばらくして雲行きが怪しくなってきて、遠くで雷が鳴り始めたので退散することに。駅に向かう途中でポツポツと雨が降り始め、駅に到着したと同時にものすごい勢いのゲリラ豪雨となった・・・・間一髪セーフ。この後、同じく毎月18日開帳の葛井寺で国宝・千手観音を拝観する予定だったが、ドシャ降りの中、駅から歩く気もせず、今回はご縁がなかったということでパス。

これより後は近鉄線で雷による信号故障が発生し数分停車、その後のJR線であと一駅というところでこちらも信号故障で運転再開見通し立たず、別路線への振替えとなり・・・・という事態になりこれ以上どこか寄るのは困難と判断。これにて2泊3日の関西旅行は幕引き。

今回の旅行では、やはり2日目の高野山が初めてということもあってか印象深い。八大童子が全部揃って展示される時には再訪しようと今から決めている。

やっと全部書き終わったけど、もう2週間前のことだし、既に仕事にも戻っているので、だいぶ昔の出来事のように感じる今日この頃・・・・

関西旅行(3日目): ②高野山・奥之院~苅萱堂

宿坊・遍照光院を辞した後、東に数分歩くと参道入口である一の橋に到着。

奥之院

名だたる武将の墓標や供養塔が立ち並ぶ。
武田信玄・勝頼親子の供養塔の道向かいには上杉廟。

この日も暑かったが、木立ちの中なのでそれほど暑さは感じない。

あちこちの武将の供養碑をチェックしながら30分以上かけて一番奥の御廟橋に到着。
ここから先は聖域のため撮影は禁止。奥に見えるのが弘法大師御廟。

この後、燈籠堂でお参りをし、お堂の外をグルッと周って戻ってきた。

再び御廟橋を渡って戻る。護摩堂には不動明王、奥には水向地蔵。
この手前には御供所があり、ここから毎日2回弘法大師へ食事が運ばれてる。
これが1200年続いてる?・・・・実際に見ることはできなかったが凄いこと。
復路は別の参道を通ったが企業系の供養塔が多く、しかも直射日光で暑い・・・・

高野山の二大聖地である壇上伽藍と奥之院
・・・・・壇上伽藍は良く覚えているのだが、奥之院はお参りしてきた印象しか
残ってない。せっかくの神聖な雰囲気を体があまり覚えていないのが残念。
まだまだ修行が足りない・・・・


バス停に到着し、ちょうどバスが来たので宿坊付近まで戻って次はこちら。


苅萱堂

苅萱道心(かるかやどうしん)という僧侶が、石童丸(いしどうまる)と修行したところ。
二人は実の親子ながら互いに名乗りをせず修行に明け暮れた・・・・詳しくはWEBで。

堂内一周でこの物語を絵解きしている。非常にわかりやすい。
最後に二人が地蔵菩薩を彫るところで終わり、一番最後にその実仏があるという流れ。
絵では立像だったが、実仏は坐像だった・・・・という細かいところはどうでもよい。

この後、入口と同じところに出てきたので退堂しようとしたが、入る時に読経していた
お坊さんと、お守りなどを販売している方の二人から同時に声をかけられ、
「うちは他より安い」とか「毎日ここで祈りを込めてる」とかセールストークが炸裂。
何とか切り抜けようと頑張ったが結局陥落。お守りひとつ購入してその場を後にした。
(弱いなぁ・・・・まぁ拝観料とかもなかったのでこの位しないとね。)

これで高野山の旅は終了。バスで高野山駅まで向い再び大阪へと戻った。

関西旅行(3日目): ①高野山・遍照光院

旅も3日目。前日はこちらに一泊お世話になった。


遍照光院

何と立派な門構え。ここに泊まろう!と思ったわけではなく、たまたまツアーパックで予約したら宿泊がここだったという偶然。宿泊者しか拝観できない快慶の阿弥陀如来があるので泊まれたのは幸運。宿泊の感想などは別に書こうと思ってるので、ここは仏像拝観ネタで。


朝6:30。宿泊者がぞろぞろと本堂に集まってくる。正式には護摩堂で本堂と棟続きになってる。一番左に陣取り、前方に目を凝らすが・・・・・いない・・・・・快慶の阿弥陀如来ではなく、中央には不動明王。そして勤行が始まる・・・・割と・・・・長い・・・・30分ほど読経が続き、我々はそれを後方で座って見てるのみ。最後に焼香してお勤めは終了。この後、ご住職とおぼしき方は退場され、脇にいたもう一人の僧侶が堂内を案内してくれた。

まず、勤行のあった護摩堂。本尊は不動明王で、その前には倶利伽羅(くりから)という剣に絡んだ龍がいて、不動が三毒を払った剣を炎で焼き尽くしながら飲み込んでる姿らしい。龍が前にあったので不動明王自身はよく見えず。両脇は大日如来と地蔵菩薩(半跏)、他に右手には案内はなかったが菩薩形の仏像もあった。

続いて、隣の本堂へ移動。中央には阿弥陀三尊。その裏手に回ると快慶・作の阿弥陀如来がポツンと置かれてた。照明などは点いてないので、正直なところあまり良く見えなかったが、それでも快慶らしい切れ長の目で、東大寺俊乗堂(一日目)や光台院(二日目)の阿弥陀如来と同様の安阿弥陀仏。目と額の白毫が暗い空間に白く浮かびあがっていたのが印象的。ただ細かいところはあまりよくわからなかったのが残念。通常は博物館に行かれてて留守にしてることが多いが、たまたま戻られてる、といった説明があった・・・・いつもはどこいるんだろうか?聞いてくるの忘れた。本堂から出ると展示ケースに快慶・阿弥陀のポストカードがあったので、寺務所で所望したのだが今は置いてない、とのことで入手はできなかった。

WEB画像を用いて雰囲気を再現↑
まぁ、しかし初めての宿坊だったが、仏像拝観付きというのは素晴らしい特典。
(ほんとは修行の一環なんだけど・・・・)

門の両脇屋根下にある彫刻・・・・凝ってる。

関西旅行(2日目): ⑦高野山霊宝館(2)

霊宝館の続き。

新収蔵庫から紫雲殿に移動。最初に平清盛が自分の血を混ぜて大日如来の宝冠を描いたと言われる「血曼荼羅」が左右に展示されてた。壇上伽藍・金堂にあったものだが、近くで見ても色落ちしているというか、煤で汚れているのかわからないが、何が描かれているかモヤッとわかるレベル。正面には②一字金輪仏頂、あまり聞かないキャラクターだが智拳印を結び、見た目は金剛界大日如来と大差ない(大日如来は月輪に坐すが、一字金輪仏頂は日輪に坐す by Wikipedia)。角には①万日大師(弘法大師)像。

平安仏が中心。渡り廊下角の千手観音を過ぎると、両脇に2m超えの不動・毘沙門天・・・・かなりデフォルメされてるというか、まったく迫力が無い感じだが愛嬌があってこれはこれで。東博の密教展にも来ていた⑥大日如来は元々壇上伽藍・西塔に祀られていた。続いて正智院・⑦不動明王は高野山内で最古の不動との事。量感がありドッシリとして貫禄あり・・・・ただ、目が丸っこくて、あまり怖い感じはしないが。⑧天弓愛染明王は六手のうち二手が顔前で弓を引く姿勢のため、顔付はよくわからず。後半のレイアウトは以下の通り。

<クリックで拡大>

最後は放光閣に展示されてる三如来。大日を中心に脇に釈迦・阿弥陀の布陣・・・・康助の作との説があるようだが、あまり覚えていない。残りの兜跋毘沙門天・阿弥陀如来(説法印)・毘沙門天・地蔵菩薩も記憶があやふやで・・・・地蔵菩薩だけ何故か南北朝時代の作で新しめだったということは覚えてるが。

といった感じで前半があまりにインパクト強すぎて、後半は割と流し見になってしまった。この後、退館しようとしたが、突然雨が降り出してきたので暫く留まることに。雨がやむまで館内を三周してしまった。やはり印象に残ってるのは運慶・八大童子の二童子、快慶・四天王あたり・・・・まぁ、それを楽しみに来たわけだし。

雨が上がったところで今夜の宿となる宿坊に移動。この日は良く歩いたなぁ・・・